2021年09月29日

違星北斗『違星北斗歌集』


副題は「アイヌと云ふ新しくよい概念を」。

アイヌの歌人、違星北斗(いぼしほくと、1901‐1929)の短歌のほか、日記、俳句、詩、童話・昔話、散文・ノート、手紙などを収めた一冊。バチェラー八重子、森竹竹市とともに「アイヌ三大歌人」に数えられる彼の作品を、こうしてまとめて読めるのは嬉しい。

岸は埋立川には橋がかかるのにアイヌの家がまた消えてゆく
シャモという優越感でアイヌをば感傷的に歌よむやから
コタンからコタンを廻るも嬉しけれ絵の旅、詩の旅、伝説の旅
熊の肉、俺の血になれ肉になれ赤いフイベに塩つけて食ふ
ニギリメシ腰にぶらさげ出る朝のコタンの空でなく鳶の声
空腹を抱へて雪の峠越す違星北斗を哀れと思ふ
支那蕎麦の立食をした東京の去年の今頃楽しかったね
アイヌと云ふ新しくよい概念を内地の人に与へたく思ふ
喀血のその鮮紅色を見つめては気を取り直す「死んぢゃならない」
何か知ら嬉しいたより来る様だ我が家めざして配達が来る

1首目、北海道の開拓が進むとともにアイヌが土地を追われてゆく。
2首目、貧しいアイヌに対して同情してみせる和人の歌への忌避感。
3首目、各地に点在するアイヌの集落をめぐる旅。下句が楽しげだ。
4首目、フイベは内臓。熊の命をもらって元気になりたいと願う。
5首目、晴れわたる空が目に浮かぶ。のびのびとした気分の歌だ。
6首目、薬の行商をしていた時期の歌。自身の姿を自嘲気味に詠む。
7首目、思い通りにいかない生活の中で、東京時代を懐かしく思う。
8首目、差別に対して卑屈になることなく誇りをもって立ち向かう。
9首目、おそらく肺結核だろう。喀血を見て弱気になる自分を叱る。
10首目、晩年の病床での歌。見舞いの手紙を心の支えにしている。

巻末には解題・語注、年譜、山科清春(違星北斗研究会代表)による解説「違星北斗―その思想の変化」が載っており、違星の全体像をつかむことができる。違星北斗の作品やアイヌと短歌の問題については、今後さらに考えを深めていきたい。

2021年6月25日、角川ソフィア文庫、900円。

posted by 松村正直 at 11:18| Comment(2) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ありがとうございます。
10首めは中里篤治の歌ですね。

鳶の歌は一見晴れやかですが、
(北斗が意図したかどうか不明ですが)
「鳶が泣くと雨が降る」という言い伝えと合わせると、別の意味が浮かび上がります。
Posted by 山科清春 at 2021年09月29日 13:50
10首目、すみません、訂正しました。
「鳶の声」は、なるほど天気予報でもあったのですね。ご教示ありがとうございます。

Posted by 松村正直 at 2021年09月29日 14:42
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