2021年09月23日

茅辺かのう『アイヌの世界に生きる』


1984年に筑摩書房から刊行された本の文庫化。

1973年に著者はアイヌの農家に20日間ほど同居して、アイヌ語の口述筆記を手伝った。その時の体験や話に聞いた内容をまとめたもの。

1906(明治39)年に福島県で生まれ、北海道の十勝に開拓農家の子供として渡ってきた「トキさん」は、生後1年ほどでアイヌの養子になって育てられた。農家として働きながら12人の子を産み9人を育て上げ、70歳近い当時は一人暮らしをしていた。

トキさんは子供を通して、新しい考えや世の中の動きを吸収しようとした。養母はアイヌ語で話したが、トキさんは子供たちと日本語で話した。自分が受け継いだアイヌに関わるあらゆること――伝説や教訓や習慣や言葉などは、自分の子供たちに伝えなかった。
私はトキさんに教わるまで「フレップ」をコケモモの実のことだと思っていたが、特定のものを指すのではなく、赤い実一般を指すということだった。夕焼朝焼で赤く染まった空の色も「フレ」である。
トキさんのいう「よそから来た人たち」は、主に戦時中の徴用で北海道へ送りこまれた朝鮮人の労働者を指している。開拓農民で作る移民社会から疎外された者同士の濃やかなつきあいが、アイヌと朝鮮人の間に自然に生まれ、身内のように乏しいものを分け合い苦労を共にしてきたのである。

アイヌに対する差別や偏見が続く中で生きてきた女性の一代記。それを書き留めた著者の社会学的な視点も鮮やかだ。

解説で本田優子(札幌大学教授、アイヌ語学者)は、本書に描かれた「トキさん」が実は仮名であり、後にアイヌ語伝承者として1997年に「アイヌ文化賞」を受賞するなどした澤井トメノであることを明らかにしている。

1973年に著者にアイヌ語を口述筆記してもらった体験が、澤井のアイヌ文化伝承の初めの一歩になったのかもしれない。そう思うと、何ともドラマチックな一冊である。

2021年7月10日、ちくま文庫、840円。

posted by 松村正直 at 08:59| Comment(0) | 樺太・千島・アイヌ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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