2021年09月15日

北辻一展歌集『無限遠点』(その2)

少年天使像つくらんとする父のためわれの背中を見せしあの頃
熟したる厚き果肉を掘りすすみ核の付近で死んでいる虫
三十万も子がいるという平茂勝(ひらしげかつ)は黒光りする銅像の牛
おまえのは趣味だろうがと前置きし父は語りぬ芸術論を
母は服を胸へと当てて折りたたむ小さな服も大きな服も
最終の船の時刻が貼られいる寿司屋で食らう鮑一貫
母親の声に似ているわがくしゃみ身体のなかに母いるごとし
いにしえの河港の跡は芹の花咲きて小さく流れいるのみ
小児科の実習室に何体もベビー・アンいてわれらを見つむ
土神堂に祀られている神さまは供えの柿より小さかりけり

1首目、彫刻家の父のモデルとなった過去。エロスと抑圧を感じる。
2首目、果物に入っていた虫の死骸を、時間を遡るように描き出す。
3首目、「三十万の子」に驚く。銅像にもなっている優秀な種雄牛。
4首目、父との関係性を思う。装画が父の作品であることも含めて。
5首目、「胸へと当てて」が良く母の動きがありありと目に浮かぶ。
6首目、最終の電車はよく聞くが、ここでは船。長崎県らしい歌だ。
7首目、声ではなく「くしゃみ」という点に、意外性と実感がある。
8首目、かつては多くの舟で賑わった場所。芹の花に味わいがある。
9首目、医療トレーニング用のマネキン。知らない人が見たら怖い。
10首目、小さいけれど大事にされている神様。「柿より」がいい。

2021年7月15日、青磁社、2300円。

posted by 松村正直 at 06:00| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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