「塔」所属の作者の第1歌集。2003年から2020年までの322首を収めている。
京都、北海道、長崎を舞台に、研究者、医学生、研修医としての日々が詠まれており、中身が濃く印象的な歌が多い。
学生のわれはもう遠い日なのだとやさしく揺れる煙突の蔦
蛇毒が機器のからだをめぐること技官は告げて部屋を出てゆく
滔々と話す子といる子に化けた狐だろうかと怪しみながら
真夜中を光あふれるローソンに月岡さんが働いている
眼球が弓弦のごとく張りつめぬ 早く帰らんひとり泣くため
夢に深く青がまじりて起きる朝妹の焼く魚が匂う
コマつきの椅子転がして質問に来る後輩の後輩らしさ
春昼にパスタを巻けば菜の花はフォークの元に集まりてゆく
サイレンでプールサイドに浮上して黙禱をする長崎の夏
被爆者の記憶をたよりにつくられし街の模型を天よりのぞく
1首目、煙突に絡む蔦を見上げながら、学生だった日々を懐かしむ。
2首目、「機器のからだ」がいい。人間だったら死んでしまうかも。
3首目、子どもは興味のあることにはものすごく詳しかったりする。
4首目、「月岡」という名前がぴったり。月が明るく照らすみたい。
5首目、上句が印象的。見開いた眼球が、今にも涙で破裂しそうだ。
6首目、眠りから覚めるときの茫洋とした感じがうまく表れている。
7首目、一々立ち上がったりしない距離感や後輩との関係性が滲む。
8首目、発見の歌。渦に巻かれるようにして、菜の花が寄ってくる。
9首目、8月9日11時2分。遊んでいる人たちも一旦プールから出る。
10首目、「天より」が、原爆を投下した者や神の視点を思わせる。
2021年7月15日、青磁社、2300円。