副題は「将棋の未来」。
藤井聡太二冠の活躍で盛り上がる将棋界の現状や今後、そして藤井将棋の魅力や強さなどを分析した本。自身の体験やこれまでの将棋界の話もまじえて丁寧に論じている。
単なる分析だけではなく、著者の将棋観や考え方が随所にうかがえるのが良い。
序盤と中盤の構想段階で持ち時間を使って懸命に考えることは、その対局では必ずしも生きないかもしれない。(…)しかし、それは間違いなく将来に向けた大きな財産になる。
棋士は「勝負師」と「研究者」と「芸術家」の三つの顔を持つべきだ、というのが私の年来の持論である。
最近はAIが評価することもあり、金銀をバランスよく配置する陣形が好まれるようになってきた。(…)すべての戦法に「堅さよりもバランス重視」の傾向が見られるようになっている。
中でも一番印象に残ったのは、羽生九段に対する思いの深さだ。「羽生さんの存在があったから自分のレベルを高めることができた」と述べる著者は、歴代対局数で谷川―羽生が168局、羽生―佐藤康光九段が164局であることに対して、こんなふうに書く。
だが、四十代、五十代と少しずつ対局の機会も減り、やがて羽生さんとの対局数で佐藤康光さんにトップの座を脅かされるようになった。対局数を追い抜かれてしまうのは、こちらの力不足ゆえのことだとわかりながらも、長年付き合った恋人に振られるような複雑で微妙な気持ちである。
「恋人に振られるような」という表現に驚く。トップレベルで対局する者同士にしかわからない熱い思いが、将棋盤の上には広がっているのだろう。
2021年5月19日、講談社α新書、900円。