2021年08月19日

石井正己『感染症文学論序説』


「史料としての感染症文学」という観点から、様々な近代文学を読み解いていく。尾崎紅葉「青紅葉」、正岡子規「病牀六尺」、森鷗外「金毘羅」、志賀直哉「流行感冒」芥川龍之介「南京の基督」など。

子規が1900年に発表した「消息」という書簡体の文章が紹介されている。

いやしくも病人の口に触れし器は、後にて消毒なされ被下様願い候。これは病人のうちの物を喰うよりも、遥に危険の度多く候故、是非とも願い度候。消毒はその器を煮るか蒸すかが宜しく候えども、それ出来ねば沸湯をかけて灰にて磨き候ても宜しかるべく候。

これは、1899年に子規が香取秀真宅を訪れたお礼に書いた葉書の

我が口を触れし器は湯をかけて灰すりつけてみがきたぶべし

に対応するものと言っていいだろう。
他にも、知らなかったことがたくさん出てくる。

衛生法では、コレラ患者を自宅で療養させることは禁じられていた。だが、町民は罰金や体罰を受けても、患者を隠蔽しようと努力した。避病院は患者で満員の上、病人の扱いが乱暴で、身内の者からまったく隔離されてしまうからだった。
戦場はむしろ、感染症による死のリスクとの戦いの方が甚大だったことが知られる。実は、これまでの戦死を語る言説は、その名誉が重んじられていたために、不名誉でしかない感染症による病死は、必ずしもその実態が明らかになっているわけではない。

新型コロナ感染症の流行する今、非常にタイムリーで刺激的な一冊であった。

2021年5月30日、河出書房新社、1720円。

posted by 松村正直 at 09:37| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
無人となっている実家の片付けをしていたら、引出しの中から祖父の戦死通知書が出てきました。祖父は40歳を過ぎてから応召され、終戦の1か月前にフィリピンで戦死したと聞いていましたが、市が発行した透けるような薄紙の通知書には「マラリヤの為」と記されていました。遺族には戦病死だったことは伝えられていたようです。
Posted by 小竹 哲 at 2021年08月20日 18:23
いろいろな推計がありますけれど、直接戦闘で亡くなった人よりも、戦病死や餓死、海没死した人のほうが多かったとも言われていますね。一口に「名誉の戦死」と言っても、実際には様々な亡くなり方があったのでしょう。
Posted by 松村正直 at 2021年08月20日 21:48
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