「未来」所属の作者の第1歌集。
2011年から2021年までの作品325首を収めている。
阿闍梨餅置かれてゐたり春先の職員室のつくえの上に
いちごしふぉんいちごしふぉんといふときの頰のあたりがふあんな春だよ
人形に臍のくぼみのあることのAED練習のさびしも
花椒(ホワジャオ)に舌は痺れて水を飲む何度でも飲む夏の暗みに
血のなかを透ける光よ 起きあがるときにはいつも腕の力で
うしろから雨が近づく街ゆけばキリン商会見つけてしまふ
カステラにふあさりと倒れ眠りたし二十五時まで働きしあと
あたたかきもののごとくに冬さへも統べてゆくエクセルシオールの窓辺
小説に自死せる少年ひとりゐてその死を第五設問はきく
まだ春は届かぬ手紙 こんがりとチーズトースト窓辺で食べる
1首目、京都名物の阿闍梨餅。お土産として一つずつ配られている。
2首目、ひらがな表記の「しふぉん」がオノマトペのように響く。
3首目、母体から産まれたわけではないのに痕跡としての臍がある。
4首目、「何度でも飲む」に韻律的な力がこもる。「暗み」もいい。
5首目、朝の光を浴びながらベッドから起きる時の体感が伝わる。
6首目、「うしろから」という感覚がいい。別の世界に入るような。
7首目、深夜まで働いた深い疲労感。巨大なカステラが目に浮かぶ。
8首目、空間のデザインや空調で季節感もコントロールされている。
9首目、自死という重いテーマを設問として扱うことへの違和感。
10首目、春を待ち望む心。斎藤史の「白い手紙」の歌を思い出す。
2021年7月15日、青磁社、2200円。