現代歌人シリーズ33。
2014年から19年までの作品252首を収めた第2歌集。
あやめ祭 てんてんと立つ灯籠をたどって知らない沼地に来たの
子どものあたまを胸の近くに抱いている今のわたしの心臓として
椰子の木が鉛筆みたいに細かったフェンスの網のむこうの基地は
烏賊の白いからだを食べて立ち上がる食堂奥の小上がり席を
縄跳びに入れないままおしっこで湿る体を携えていた
蟻に水やさしくかけている秋の真顔がわたしに似ている子供
にせものの車に乗ってほんものの子供とゆけり冬のゴーカート場
「この子はしゃべれないの」と言われて笑ってた自分が古い写真のようで
ぶらさげるほかない腕をぶらさげて湯気立つような商店街ゆく
女の名前よっつぽつぽつと降るようにある長命の画家の年譜に
1首目、祭の会場の明るさを次第に離れてたどり着いた沼地の暗さ。
2首目、身体の中の自分の心臓より子の頭の方が確かな感じがする。
3首目「鉛筆みたいに」が印象的。日本とは違うアメリカ軍の基地。
4首目「白いからだ」が生々しい。自分の身体に烏賊の身体が入る。
5首目「携え」に自分の体を持て余している感じがよく出ている。
6首目、自分の話かと思って読むと子供の話。自分と子供が重なる。
7首目、偽物と本物は紙一重。いつ入れ替わっても不思議ではない。
8首目、母親との複雑な関係性。昔の自分を慰めてあげたくなる。
9首目、両腕が重く邪魔だからと言って取り外すわけにもいかない。
10首目、男の側からだけ語られる女性にもそれぞれの人生がある。
タイトルにある「舌」はこの歌集のキーワードと言っていいだろう。「舌」の歌が何首もある。他にも、口、舐める、濡れる、といった言葉も多く、全体に湿度の高い歌集だ。
2021年7月10日、書肆侃侃房、2100円。