333首を収めた第6歌集。
風土、歴史、民俗、信仰などを感じさせる歌が多い。
はなれたりふれあつたりしてコスモスは如来のまなこを揺らしてゐたり
しだれ梅に集まる老いの顔のなか姉を探すも見分けられない
おほぞらを二つにわける銀漢のしたで姉の手握りてゐたり
老いびとと死者しかゐない浦みちにひじき干される竹笊のなか
カーテンは水藻のゆらぎ まつくらな自室に鮫が泳いでゐたり
こめかみにしみ入るほどの閑(しづか)さの若狭に冬の蘇鉄をあふぐ
メモ帳にはさんだペンのふくらみを確かめながらお薬師めぐる
うらがへり花は落ちたり 太陽が遠まはりして日暮れがおそい
階段の暗きところにかたまりて細魚のやうな子たちがあそぶ
あの娘のいひなりなのねと子にいへばスモークツリーのふるまひをする
1首目、仏像の視界にあるコスモスが、しきりに風に揺れている。
2首目、たくさんの老人に紛れるように、姉の姿を見失ってしまう。
3首目、天上の天の川と地上の姉妹。離れ離れにならないように。
4首目、鄙びた海岸沿いの道。死者たちも風景の中に存在している。
5首目、ゆらめくカーテンを見ているとまるで海の中にいるみたい。
6首目、静けさと寒さが身体の中に入ってくる。「蘇鉄」の存在感。
7首目、ペンを落としていないか、時々無意識に触れては確認する。
8首目、日が長くなったのを「遠まはり」と捉えたところが印象的。
9首目、もっと明るい所で遊んだらと思うけれど子供はそうしない。
10首目、息子の妻のことだろう。曖昧な受け答えに終始する息子。
2021年7月12日、短歌研究社、2500円。