副題は「春樹から漱石まで」。
2012年に新日本出版社より刊行された単行本の文庫化。
さまざまな作品を「上京」という観点から読み解いたユニークな文学論。取り上げられる作家は、村上春樹、寺山修司、松本清張、太宰治、林芙美子など18名。
宮沢賢治は三十七年という短い生涯のなかで、九回も上京している。総滞在日数は約案百六十日にもなった。「三十七分の一」は、東京にいたことになる。
山周(山本周五郎)の作品は没後五十年を超えて、新潮文庫に約五十冊が残り、主要作品をほとんど読める。(・・・)新潮文庫にとって山周はいまだに大事な稼ぎ頭だ。
茂吉が見たのは「赤」だ。明治四十一年の監獄法施行規則により、未決囚のお仕着せは「青(浅葱色)」、既決囚は「赤(柿色)」と定められた。茂吉が見たのは既決囚ではなかったか。
時代背景を踏まえながら、短い文章で的確にポイントを指摘している。文学者にとって東京がどのような存在で、上京がどんな意味を持っていたのかが、よく見えてくる。
本書のもっとも根底にあるのは、著者自身が上京者であるということだ。30歳を過ぎて東京に出てきた時のことを、
知り合いも友人も就くべき仕事も書く媒体もない、まさに裸一貫の突進であった。それでも新しい部屋で新しい朝を迎えて、そこが「東京」だった時の興奮を今も忘れていない。
と書いている。この純粋な気持ちが、20年以上経って本書を生み出したのだと言ってもいいだろう。
2019年9月10日、ちくま文庫、840円。