2019年4月8日に90歳で亡くなった作者の遺歌集。
2018年・19年の作品263首を収めている。
眼とづれば見たきものみな見えるのに開けば見えぬ眼を自覚する
湯船にて死にし先輩を思ひゐて怖ろしくなつて手摺を摑む
診察室の並ぶ廊下に待ちをれば看護師のみが姿よくゆく
雲ほそくおぼろになびく 眼球をぬぐへぬわれは眼鏡を拭ふ
大いなる力を若きふた親に与へつづけむこの緑児は
垣根の花見てゐてたまたま帰り来しこの家(や)の夫人と昔語りす
米扁の糊の感覚右の手の人さし指の指先が知る
友の電話聞こえず妻に代れるに笑ひなどして終るのはいつ
人間が酸素を吸ひて生きてゐる存在なるを知りて日々あり
何もかもして貰ふ身になつてきて卑屈になるなと内なる鬼が言ふ
1首目、緑内障により視力が低下した作者。上句が何でもせつない。
2首目、2017年に亡くなった岩田正を思う。下句に死の実感あり。
3首目、病気や高齢の方が多い場所で看護師は若く颯爽としている。
4首目、眼球も拭ったり取り替えたりできれば良いのだけれども。
5首目、親が子に力を与えるのではなく、子が親に力を与えるのだ。
6首目、偶然がもたらした素敵な一場面。夫人も高齢なのだろう。
7首目、かつて米粒を糊代わりに使っていた時の感触を覚えている。
8首目、耳の聞こえも悪い作者。仲間外れにされたような寂しさだ。
9首目、酸素ボンベを使うようになり、呼吸は当り前ではなくなる。
10首目、介助・介護を受ける立場となった時に精神をどう保つか。
巻末の年譜には、亡くなった時の様子が次のように記されている。
四月七日、「平成31年4月の歌」と題したまひる野の歌稿(八首)を、拡大読書器を駆使して原稿用紙に鉛筆書きで自ら清書する。短歌手帳に鉛筆を挟んで枕の下に入れ、就寝。四月八日早朝、自宅にて永眠。享年九十歳。
最後の最後まで見事に歌人だったんだなと思う。
晩年の3歌集『生きて帰る』『聖木立』『聖木立以後』は、それぞれとても味わい深い歌集だった。
https://matsutanka.seesaa.net/article/443295594.html
https://matsutanka.seesaa.net/article/461424279.html
謹んでご冥福をお祈りします。
2021年6月25日、角川書店、2000円。