2021年06月29日

奥村知世歌集『工場』


新鋭短歌シリーズ54。
331首を収めた第1歌集。

男性の多い工場の現場で働く仕事の歌、そして子育ての歌が中心となっている。

夏用の作業着の下をたらたらと流れる汗になる水を飲む
女でも背中に腰に汗をかくごまかしきれぬ作業着の色
労災の死者の性別記されず兵士の死亡のニュースのごとく
軍手にはピンクと黄色と青があり女性の数だけ置かれるピンク
量産型OLとしてごくたまに作業着を脱ぎ本社へと行く
保育園のにおいする子を風呂に入れ家のにおいにさせて眠らす
ガスコンロに並べて焼かれるサンマたち海ではきっと他人であった
ベランダで息子が作るシャボン玉息子の息を遠くに運ぶ
まばたきの分だけ私より長く世界を見ている私のメガネ
作業着と安全靴に挟まれて靴下だけはそれぞれの色
忘れ物を私の中にしたような顔で息子が近づいてくる
パレードの山車で手を振る姫たちのスカートの中の安全ベルト
ブラブラと荷物ぶら下げ重心が子供ではないベビーカー押す
「育休」と名簿に斜線は引かれつつ斜線のままの後輩がいる
どんぐりが通貨単位の商店に息子から買う虫の死骸を

1首目、夏の現場は暑く、飲んだそばから汗になって流れていく。
2首目、汗をかくのは女も男も同じ。作業着が汗で濡れてしまう。
3首目、生前は大事であった性別も死んでしまえば意味を持たない。
4首目、ピンクは女性の色という固定観念は今も根強く残っている。
5首目、他の女性と交換可能な一人として上役に同行するのだろう。
6首目、昼間離れて過ごしていた子に、自分に匂いを染み込ませる。
7首目、無関係だったサンマが今は隣同士に並ぶ。人間も同じかも。
8首目、下句の発想に惹かれる。シャボン玉に守られて遠くへ行く。
9首目、メガネは瞬きをしないと擬人化することで、愛着が伝わる。
10首目、作業着の下から覗く靴下だけが一人一人の違いを見せる。
11首目、私の胎内にということだろう。ちょっと怖いような感じ。
12首目、ディズニーの山車。高所作業用の安全ベルト着用が義務。
13首目、子育てあるあるの歌。フックを付けて荷物をぶら下げる。
14首目、なかなか育休から復帰しない後輩。複雑な思いで眺める。
15首目、お店屋さんごっこ。「虫の死骸」は身も蓋もないが現実。

余韻や情緒や新しさではなく、質実剛健な内容で読ませる歌集。
近年ではむしろ珍しいタイプであり、好感を持つ。

2021年6月10日、書肆侃侃房、1700円。

posted by 松村正直 at 07:41| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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