2015年から2020年の作品373首を収めた第5歌集。
生き場所は死に場所ならずはつ雪の早もやみいてまぼろしの峰
照りののち雨得て樹々は身の丈をとりもどしたり欅は欅の
増水の川と思いて覚めたればいっせいに田に水の入る朝
細切れに糞する犬のじいさんとゆっくりゆっくり公園まわる
まだ生きて特養に居る母の家より持ち出しし宝石いくらにもならず
柵越えてふたりの少女川べりに肩をひっつけしゃがんでいたり
二頭の犬一頭となり朝夕をともにあゆむも道草の減る
持っていることが大事なわが夫の障害者手帳にページのあらず
まる描けるとんびの胸のはるか下 窓などさがしてなんになろうか
誰からも離れて誰とも会いたくて こころの空き地に草ののびゆく
1首目、おそらく以前暮していた西吉野での日々を思い出すのだ。
2首目、「とりもどしたり」がいい。雨に濡れて生き生きとする。
3首目、日を決めて田んぼに水が入る。かなりの音が響くのだろう。
4首目、若い犬と年老いた犬では糞の仕方や量も違ってくるのだ。
5首目、何とも身も蓋もない歌。現実をまざまざと突き付けられる。
6首目、「ひっつけ」がいい。仲良しの二人だけの時間が流れる。
7首目、亡くなった犬の不在感が作者にも犬にも付きまとっている。
8首目、手帳と言っても役割は証明書。上句は皮肉を含んでいるか。
9首目、窓は閉塞感の強い生活からの出口であり、逃げ道である。
10首目、上句の矛盾した表現に孤独感が滲む。人間は結局一人か。
年老いた両親、障害を抱える夫、二匹の犬の死と、全体に重苦しい内容の歌が多い。作者とはかつて同じ結社にいて、歌集に出てくる母や夫にもお会いしたことがあるので、いっそう胸にずっしりと応えた。
2021年4月20日、砂子屋書房、2800円。