2021年06月18日

マツザワシュンジ歌集『春の花火師』

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270首を収めた第1歌集。
作者は『「よむ」ことの近代』『プロレタリア短歌』などの著書がある松澤俊二さん。

春へ向かう矢印がすっと伸びているいつか桜の咲くはずの坂
朝に降る雨なら嫌いではないな トマト畑にトマトは濡れて
鳩の目と静かに対(むか)いあいながら二時ゆっくりと玉子焼き嚙む
待ちあわせて何か食べようカレーとかうどんとかカレーうどんとか
もう秋か、なんて一人で言っている人は誰かに聞いて欲しくて
コンビニで一五〇円のコーヒーを待っている窓越しに木枯らし
冬の朝は熱いスープをすすりつつ思う 鳥には舌があったか
テキパキという音は口ずさむものIKEAのベッド組み立てながら
春曙抄(しゅんじょしょう)伊勢を枕に寝しという少女の家のあたりかここは
春の舟春の水夫も去らしめてしずかに満ちてくる海の水
自転車のあたまいくつか寄せ合って話しあう海にいく計画を
夕焼けの岬に若き日の父母を写して去りし人も旅びと

1首目、冬から春へと向かう季節。桜の咲く様子を思い描いて歩く。
2首目、あまり強くはない雨だろう。トマトが瑞々しく感じられる。
3首目、公園などで弁当を食べている場面。少し遅めの昼食である。
4首目、結句を読んでもっと選択肢はないのかと突っ込みたくなる。
5首目、秋という季節の寂しさ。ふと気がつけば秋になっている。
6首目、ドリップされるのを待ちながら何気なく窓の外に目をやる。
7首目、唇や舌に意識が向いている時に、ふいに疑問が頭に浮かぶ。
8首目、確かにテキパキは擬態語でありつつ擬音語でもあるような。
9首目、上句は与謝野晶子の歌。晶子の生家のあった堺を歩きつつ。
10首目、河口付近の川を眺めている。上句は幻の過去の風景か。
11首目、「自転車のあたま」がいい。若々しさが伝わってくる。
12首目、古い写真を見ながらシャッターを押してくれた人を思う。

2021年5月25日、港の人、2000円。

posted by 松村正直 at 08:17| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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