
副題は「北の女たちから伝えられたこと」
阿寒湖畔のアイヌコタンの土産物店に生まれ育った著者が、様々な人への聞き取りを通じて自らのルーツとアイデンティティを模索・確認していく物語。
「観光」が大嫌いだった私には、この「神秘」のマリモほど陳腐なしろものはなかった。おみやげマリモがまとう陳腐さが、観光地で暮らす自分に重なる。
わたしは自分自身のルーツとして、アイヌのことがものすごく気になりながらも、アイヌ民族というものと、現代のアイヌである自分自身との距離がずっとつかめずにいた。
観光地で生まれ育ったことに居心地の悪さを感じていた著者は、自らのルーツであるアイヌをどう受け止めればいいのか悩む。そんな彼女の心をほぐし励ましてくれたのは、北海道やサハリンで生きる女性たちであった。
母の瀧口ユリ子(アイヌ)、北川アイ子(ウイルタ)、金玉順(サハリン残留朝鮮人)、マリア・セルゲイブナ(金山秀子、サハリン残留日本人)、長根喜代野といった「北の女たち」の人生は、国境や民族といった枠を越えて強烈な印象を残す。
差別があった、抑圧があった、それに対してアイヌは闘ってきた。それはいわば外向けの語りであって、人は普段から、たとえば身内の人間に対して、つねにこういう話し方をするわけではない。
民族や国家などの大きな歴史と並行して存在する無数の個人の歴史。その両方を見ていかなければ、本当の意味で歴史を知ることにはならないのだろう。
十数年の時間をかけて出来上がったこの本には、著者の思索や眼差しの深まりがよく表れている。書かれるべき一冊、生まれるべき一冊だったのだと強く思う。
2013年6月15日第1刷発行、2021年2月22日第4刷。
編集グループSURE、2500円。