第23回歌壇賞を受賞した作者の第1歌集。
339首を収めている。
こぼされてこんなかなしいカルピスの千年なんて見たことがない
きみの骨が埋まったからだを抱きよせているとき頭上に秒針のおと
ダウンジャケットいま転んだら12個の卵が割れてしまう坂道
飛車と飛車だけで戦いたいきみと風に吹かれるみじかい滑走路
死ぬことは怖いねふたりふたりって鳴る絨毯の上の足音
お母さんが編んだマフラーという生き物は英訳すると死んでしまうの
心臓と心のあいだにいるはつかねずみがおもしろいほどすぐに死ぬ
三越のライオン見つけられなくて悲しいだった 悲しいだった
洗脳はされるのよどの洗脳をされたかなのよ砂利を踏む音
朝にとどくものたちはみな遠くからくる遠くから朝刊がくる
観客はじゃがいもと言われたじゃがいもの気持ちを考えたことがあるのか
カゲロウの背骨のような縫い針が秋に一本置き去られたり
1首目「こ」「こ」「か」「カ」の響き。三句で軽く切れると読む。
2首目「骨が埋まった」という見方が鋭い。下句、時限爆弾みたい。
3首目、ダウンジャケットのもこもこ感を、卵パックに喩えている。
4首目、相手と真っ直ぐに向き合う心情や関係。小細工せずに潔く。
5首目「ふたり」が「二人」でありまたオノマトペにもなっている。
6首目、他人から見れば普通の使い古されたマフラーに過ぎない。
7首目、どちらも英語ならheart。その狭間に感情や魂が明滅する。
8首目、待ち合わせによく使われるライオン像。下句の破格の強さ。
9首目、生きることは何かに洗脳されることだという把握が印象的。
10首目、目覚めの光や風をイメージさせてから朝刊という具体へ。
11首目、人前であがらない方法。確かにじゃがいもには失礼な話。
12首目、初二句の比喩によって、存在しないカゲロウが生まれる。
どのように読んだら良いか迷う歌も多い一方で、強く印象に残る歌もたくさんあった。
2021年4月26日、本阿弥書店、2000円。