2021年05月11日

鈴木ちはね歌集『予言』

書肆侃侃房
発売日 : 2020-08-05

第2回笹井宏之賞大賞受賞。314首を収めた第1歌集。
言葉の繰り返しがうまく使われている。

不動産屋の前に立ち止まって見ていると不動産屋が中から見てくる
重要だから赤いペンキで書いたはずなのにそこだけ読めないみたいな
パンクしてしまった自転車を遠い記憶のように押して帰った
駅の手前で止まってしまう地下鉄のずっと見ているトンネルの壁
橋を架けなおすために橋をこわすために仮の橋をいま架けてるところ
全体重でドアを押しあけ物心ついたばかりの人が出てくる
山眠る よく燃えそうな神社へと人びとの列ときどき動く
東京にオリンピックがやってくるパラリンピックもおまけにつけて
有識者会議の机上いちめんに有識者の数だけの伊右衛門
保留音の小さな世界の二周目が終わって三周目が流れだす
靴べらで靴へと足を流しこむ こういう時間の先に死がある
ライターで手持ち花火に火をつける ついたら急に明るい更地

1首目、一つ目の「不動産屋」は建物を、二つ目は人を指している。
2首目、黒ペンキより赤ペンキの方が色褪せやすくて逆効果になる。
3首目、長々と重い自転車を押して帰る時のやるせない気分が滲む。
4首目、普通の電車であれば止まっても風景が動くから良いのだが。
5首目、橋の架け替えでは確かにこういう手順で工事が進んでいく。
6首目、「物心ついたばかりの人」がいい。幼稚園児くらいの子か。
7首目、冬の季語を使っているので初詣の場面だろう。下句がいい。
8首目、常に付きまとう「おまけ」の感じをはっきりと言い切った。
9首目、ニュースでよく映る光景。「伊右衛門」の人名感が効果的。
10首目、「小さな世界」は曲名だが、世界を三周しているみたい。
11首目、動詞「流しこむ」がいい。下句がハッとさせられる把握。
12首目、花火の美しさでなく照らし出された更地の姿に目が向く。

2020年9月14日第2版、書肆侃侃房、1900円。

posted by 松村正直 at 08:05| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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