357首を収めた第5歌集。
第一部には2020年3月以降、コロナ禍をリアルタイムで詠んだ歌100首が収められている。
あたらしい仏像怖し牛乳のやうに生なまとなめらかな皮膚
何を見ても他人がうらやましく思ふ咲けばさくらの幹くろくなる
一日がちぢまつてゆくちかちかと赤いのはカナメモチの生垣
失つた空腹もとめて歩いてゐる出口ばかりのしづかな街を
ずつとゐると妻の機嫌の満ち引きの潮目がわかる今日は小満
あんたかて殺されたことあるやろと鵺は言ふ鵺は人肌をして
若きらの談笑を背で聞きながら蛸のからだの一部を嚙みをり
うつかり歳を取つてしまつて萩の散る朝の路面に佇つこともある
一度あがつた雲雀はかならず降りてくる巣からはすこし離れた土に
ほんものかさうでない煙草を吸ふ者ら疎らに群れて宙を見てゐる
1首目、「牛乳のやうに」が効いている。これが本来の姿なのだ。
2首目、上下句の取り合わせがいい。花びらとの対比で黒く見える。
3首目、コロナ禍の日々。「ち」「か」の音の繰り返しが効果的。
4首目、「失った空腹」「出口ばかり」にコロナ禍の気分が滲む。
5首目、機嫌が少し良くなってきたのだろう。潮目を読むのが大切。
6首目、上句の京都弁が何とも言えず怖い。伝説の怪物である鵺。
7首目、若者たちの談笑の輪にはもう入っていけない寂しさが滲む。
8首目、「うつかり」が面白い。ふと自分の年齢に驚くことがある。
9首目、降りる雲雀なのが新鮮。外敵に巣が発見されないように。
10首目、喫煙所の光景。電子タバコや加熱式タバコの人もいる。
2021年3月22日、砂子屋書房、3000円。