同人誌「羽根と根」などで活躍する作者の第1歌集。317首。
改札の前であなたと完全におんなじひとがほほえんでいる
風のなか本をひらけば花びらとともにさらわれてゆく正誤表
よせがきにきみが小さく描いてくれた舌のくるくるしたカメレオン
靴ひもをむすんで顔をあげたとき友だちとよべるひといなかった
ここへ来て一緒に濡れてほしいのにあなたは傘をたくさんくれる
かんたんなてんらんかいにゆきたいなみずうみに触るだけのてんらんかい
こよみではもう春だけど適当なお店で買ったタルトのまずさ
ピクルスをきみはパンから抜きとって花のまばらな川原へ放つ
いつまでも足を浸している銀のはしごはプールサイドの隅で
すぐいなくなる母だった 追いかけて転んだ傷がいまも手にある
1首目、「完全におんなじ」に、喜びや戸惑いなど心の揺れが滲む。
2首目、正誤表は小さな紙のことが多いので、よく紛失してしまう。
3首目、カメレオンが可愛らしい。「舌」と「した」が韻を踏む。
4首目、誰が友だちかあらためて考えると、けっこういないものだ。
5首目、やさしい人なのだけど、私が求めているのはそれではない。
6首目、音の響きに弾むような楽しさがある。ひらがなも効果的だ。
7首目、時候の挨拶の言葉から、三句以下へのつながり方が面白い。
8首目、ハンバーガーのピクルスが苦手なきみ。下句はア段の連発。
9首目、見立てが印象的。途中までしかない梯子の存在感が際立つ。
10首目、手にある傷よりも、きっと心に負った傷の方が深いのだ。
2021年4月7日、書肆侃侃房、1700円。