2021年04月20日

工藤玲音歌集『水中で口笛』


316首を収めた第1歌集。健康的で伸びやか。

缶詰はこわい 煮付けになろうともひたむきに群れつづけるイワシ
見開きのわたしで会いにゆくからね九月の風はめくれ上がって
無言でもいいよ、ずっと 東北に休符のような雪ふりつもる
平泳ぎで七夕飾り掻き分けて老婆になってもわたしだろうな
夜と死が似ている日には目を閉じてふたりで春の知恵の輪になる
しぼむように痩せこけてゆく祖母のこと風船と思い母には言わず
円グラフのその他のうすい灰色を見つめてしまう 燃えていたんだね
働けば働くほどにうれしくてレモンジュースにレモン汁足す
隣人の見ざる言わざる聞かざるのキーホルダーの言わざる剝げて
あかるいと言われるたびに胸にある八百屋に並ぶ枇杷六つ入り

1首目、死んだ後も一尾にはなれず、生前と同じように群れている。
2首目、「見開きのわたし」がいい。自分の心を全面的に開放して。
3首目、東日本大震災後の東北。ふるさとを含む東北への心寄せ。
4首目、仙台の七夕飾りか。華やぎの中に自らの老いを想像する。
5首目、「春の知恵の輪」がいい。恋人同士の二人きりの世界だ。
6首目、祖母の亡くなる前の歌。思ってもさすがに口には出せない。
7首目、「その他」に括られてしまうものへの思い。灰のイメージ。
8首目、働くことの喜びがレモンの爽やかさと合って真っ直ぐな歌。
9首目、結句の細かな具体が効いている。何となく気になる存在。
10首目、明るいだけの人などいないが明るさを大事に抱えている。

石川啄木と同じ岩手県の渋民出身の作者。
啄木や渋民に関する歌もたくさん載っていて楽しい。

2021年4月12日、左右社、1700円。

posted by 松村正直 at 10:13| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。