316首を収めた第1歌集。健康的で伸びやか。
缶詰はこわい 煮付けになろうともひたむきに群れつづけるイワシ
見開きのわたしで会いにゆくからね九月の風はめくれ上がって
無言でもいいよ、ずっと 東北に休符のような雪ふりつもる
平泳ぎで七夕飾り掻き分けて老婆になってもわたしだろうな
夜と死が似ている日には目を閉じてふたりで春の知恵の輪になる
しぼむように痩せこけてゆく祖母のこと風船と思い母には言わず
円グラフのその他のうすい灰色を見つめてしまう 燃えていたんだね
働けば働くほどにうれしくてレモンジュースにレモン汁足す
隣人の見ざる言わざる聞かざるのキーホルダーの言わざる剝げて
あかるいと言われるたびに胸にある八百屋に並ぶ枇杷六つ入り
1首目、死んだ後も一尾にはなれず、生前と同じように群れている。
2首目、「見開きのわたし」がいい。自分の心を全面的に開放して。
3首目、東日本大震災後の東北。ふるさとを含む東北への心寄せ。
4首目、仙台の七夕飾りか。華やぎの中に自らの老いを想像する。
5首目、「春の知恵の輪」がいい。恋人同士の二人きりの世界だ。
6首目、祖母の亡くなる前の歌。思ってもさすがに口には出せない。
7首目、「その他」に括られてしまうものへの思い。灰のイメージ。
8首目、働くことの喜びがレモンの爽やかさと合って真っ直ぐな歌。
9首目、結句の細かな具体が効いている。何となく気になる存在。
10首目、明るいだけの人などいないが明るさを大事に抱えている。
石川啄木と同じ岩手県の渋民出身の作者。
啄木や渋民に関する歌もたくさん載っていて楽しい。
2021年4月12日、左右社、1700円。