2021年04月17日

渡辺直己の歌

渡辺直己の臨場感あふれる戦争詠の中に、伝聞や映画をもとに詠まれた歌も含まれていることはよく知られている。

戦は竟に不可避と知りつつも夜襲に向ふ我が道くらし
               『渡辺直己歌集』

例えば、この歌もそうだ。初出は「アララギ」昭和12年11月号。

渡辺が中国へ向けて広島の宇品港を出港したのは11月23日のことなので、これはまだ出征前の歌ということになる。結句には斎藤茂吉の歌の影響が濃い。

ひた走るわが道暗ししんしんと怺(こら)へかねたるわが道くらし
ほのぼのとおのれ光りてながれたる蛍(ほたる)を殺すわが道くらし
                斎藤茂吉『赤光』

けれども、『渡辺直己歌集』(昭和15年)においては、この歌は出征後の歌として配列されている。「人々の恵みを享けて出でて行く我をぞ思ふ宇品埠頭に」などを含む「征途につく」8首の後に、「戦線に向ふ」という小題で載っているからだ。

『渡辺直己歌集』は渡辺の没後に編まれたものなので、その配列は編集者の手によるものである。編輯後記には

故人の戦歴を審にすることの出来ない吾々は、是等作品の排列に関しては相当に苦心を要したのであるが

と書かれている。「宇品埠頭」の歌は生前未発表で、昭和12年頃と推定される「手帖」から引かれたものだ。出征前に戦闘の歌はあってはおかしいという判断のもと、歌集ではこういう配列になっているのだろう。

posted by 松村正直 at 10:21| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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