現代歌人シリーズ32。
2008年から2018年までの作品275首を収めた第3歌集。
砂あびる雀みてをり砂あびるといふたのしみをつひぞ知らずに
ねむたさうにひとはみてゐるあかるくてなにもみえない四月の窓を
薄き硝子いちまいへだてふれるのはわたしの指だぬれた黄の葉に
もう雨に濡れることなき青梅は照らされてをり夜の西友に
咲きのこる野菊ひとむらこころからのぞまなかつたむくいのやうに
からだよりゆめはさびしい革靴と木靴よりそふやうにねむれば
てらてらとフランクフルトソーセージ鉄板のうへに切れ目はわらふ
天津飯れんげですくふ船にのりおくれたやうなはるの夜更けを
流木がかつてつくつてゐた木陰まで歩かねば 声がきこえる
ヘッドフォン耳につめたし篠懸(プラタナス)たちにきおくのもどる冬きて
1首目、気持ち良さそうに砂浴びする雀。ざらざらしないのかな。
2首目、四句目までのひらがな表記が、何も見えない感じと合う。
3首目、「いちまいへだてて」が美しさと危うさを際立たせている。
4首目、売場に並ぶ青梅は今も雨を恋しがっているのかもしれない。
5首目、本当に望んでいたかどうかは自分にしか判定できないこと。
6首目、寄り添って眠っていても、眠りの中ではそれぞれ一人だ。
7首目、焼かれていくうちに切れ目が広がって、口のように見える。
8首目、曲線のイメージのつながりと「天津」が港町であること。
9首目、かつて木が生えていた場所へと、木の声に導かれていく。
10首目、葉が落ち樹皮の剝がれた幹や実が見えると篠懸だと思う。
2021年3月24日、書肆侃侃房、2200円。