副題は「海と宝のノマド」。
新しい研究成果をふんだんに取り入れて、生き生きとしたアイヌの歴史を記した一冊。和人やニブフらと盛んに交易をしていた姿を描き出している。
本州の人びとが農耕社会に踏み出し、激変の歴史をあゆんできたように、北の狩猟採集民の社会も、あゆみこそ異なるものの変容し、複雑化し、矛盾は拡大してきた。かれらはその歴史のなかをしたたかに生き抜いてきたのだ。
私たちは、アイヌを日本の周縁や辺境の人びとと見なしている。そしてそれは、ほとんど自明のことになっている。しかし、アイヌが周縁や辺境という本質をもつ人びとだったことは一度もない。
アイヌの主要な交易品は鮭とワシ羽であった。それを元に手に入れた日本産の漆器や刀剣、中国産の織物やガラス玉は、アイヌ社会での宝となり権力ともなった。
この鮭とワシ羽に関する詳細な分析が実におもしろい。
長期保存用には産卵場付近まで遡上し、脂肪が抜けきったサケが最適だった。だからアイヌは河口部ではなく、内陸の産卵場でサケ漁をおこなっていたのだ。
ワシ・タカのなかでもオオワシとオジロワシは真鳥とよばれ、その尾羽は真鳥羽、略して真羽と称されていた。なかでもオオワシの尾羽がランクの頂点に位置し、さらに一四枚あるオオワシの尾羽は、外側から何番目の羽かといった部位や、その斑文によっても価値が異なっていた。
この本は多くの発掘品や文献資料をもとに、ありのままのアイヌ社会の歴史を記している。貶めることもない代わりに、過度に持ち上げることもない。でもアイヌに寄せる愛情は十分に伝わってくる。
2007年11月10日、講談社選書メチエ、1600円。