現代歌人シリーズ31。
329首を収めた第4歌集。福岡に住んでいた時の歌。巻末にはあとがきに代えてエッセイ「博多湾の朝について」が収められている。
しばらくを付ききてふいに逸れてゆくカモメをわれの未来と思ふ
風絶えし朝のひかりは漿膜として広ごれり曽根の干潟に
一歩一歩干潟を重く歩めるに鯊(はぜ)は逃げゆく吾の影より
『どうぶつのおやこ』の親はなべて母 乳欲る吾児を宥めあぐねて
昇る陽に影は伸びつつ小さき刃に老いし漁師は梨剝きくれぬ
ゴミ袋提げつつ仰ぐ桜樹の、〈家〉を得て知るさみしさもある
やねのむかういつちやつたね、と手を振る児よ父に飛行機(ぶーん)はまだ見えてゐて
をさなごの放置死ののちはCMに蒙古斑なきさらさらおしり
柳川の朝の農道に振り上げて弁慶蟹の爪あかきかな
人去りし村にて仰ぐ上空のどこまでダムに抱かるるだらう
1首目、船を追うのをやめて離れてゆくカモメのあてどない感じ。
2首目、「漿膜」がいい。半透明の膜のように干潟が光っている。
3首目、気配を察知してぴょんぴょんと跳ね飛ぶ姿が目に浮かぶ。
4首目、父であること、男親であることの哀しみを強く味わう場面。
5首目、描写が的確で場面が鮮明に浮かぶ。「小さき刃」がいい。
6首目、朝のゴミ出しの場面。安らぎと引き換えに失うものもある。
7首目、背の低い子と自分の視界の広さが違うことにふと気が付く。
8首目、実際にはCMのように肌のきれいな赤子はほとんどいない。
9首目、体は赤くないのだろう。威嚇している爪の赤さが鮮やか。
10首目、ダム建設予定地。やがて水底になる場所から見上げる空。
子育ての歌が注目を集めているが、環境調査の仕事の現場の歌もとても良かった。
2021年2月1日、書肆侃侃房、2000円。