2021年01月28日

谷岡亜紀歌集『ひどいどしゃぶり』


514首を収めた第5歌集。1ページ4首組は珍しい。
作者ならではのハードボイルド風な文体と内容。

人も猿も戦い疲れ死ににけり無音の空に昼の月泛(う)く
屋上のオープンカフェに月待てり春のスープに匙を沈めて
深夜また冷たい便器にひざまづき罪の報いのごとく吐きおり
男あり広場の空にステッキを構え鴉とたたかいており
千人の午睡を運ぶ巨大機の三万フィートの春のたそがれ
わが前を全てが過ぎてゆくとして回転寿司の春の飛魚
一瞬ののち天を指し死を告げる審判者(アンパイア)いて白昼なりき
倒産した自動車教習所の日暮れS字クランクに陽の残りおり
水だけを飲みて束の間ほの暗く点す螢のひかりのみどり
大鍋に豚の心臓が煮られいてここから日本までの五千キロ

1首目、映画「猿の惑星」か。釈迢空の有名な一首を踏まえている。
2首目、月の出を待つゆったりとした気分と春の心地よさが伝わる。
3首目、飲み過ぎて嘔吐する場面を神への礼拝のイメージと重ねた。
4首目、「たたかいて」がいい。鴉を追う老人の真面目で滑稽な姿。
5首目、飛行中のジャンボジェット機。もしも墜落したら、と思う。
6首目、レーンを眺めながらもの思いに耽る。「飛魚」が絶妙だ。
7首目、荘厳なイメージの上句だが実は野球の審判のジェスチャー。
8首目、「S字クランク」がいい。教習所でしか使わない言葉だ。
9首目、ホタルの成虫は口が退化して、水を飲むことしかできない。
10首目、クアラルンプールの市場。日本ではないことを実感する。

2020年8月1日、ながらみ書房、2500円。

posted by 松村正直 at 20:04| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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