漱石と鉄道の関わりを深く掘り下げて考察した一冊。漱石の旅の行程を当時の時刻表をもとにたどり、また漱石作品に出てくる鉄道の描写についても取り上げている。
明治期の鉄道が人々にどのように利用され、日本人の行動や思考をどのように変えていったかが、実によくわかる内容だ。
汽車の車内は、さまざまな階層の人びとが一時的に膝をつき合わせ、会話を交わし、別れていく。同じ時間をつかのま共有し、離れていく。プラットホームでは出会いや別れが繰り返される。こうした光景は、近代になって鉄道が登場するまでは、見られないものだった。
郵便事業や電信と同様、鉄道は中央集権的な国民国家を作り上げる基幹事業であり、国家機構の頂点と末端をつなげる強力なネットワークを形成する。
日清戦争は山陽鉄道広島延伸を待って始まった、ともいえる。兵隊や装備を満載した列車が山陽鉄道のレールを西に走った。
明治期の鉄道が持っていたこうした特徴や意味は、鉄道が当り前に存在する現在では逆に見えにくくなっていると言っていいだろう。
銚子は江戸時代以来、東回り海運と利根川舟運の結節地で、東北と江戸を結ぶ重要な中継地だった。銚子から江戸に行くには、利根川を上り、野田近くから江戸川に入り、江戸に下る。今も続く銚子や野田の醤油業の隆盛は、利根川なくしては語れない。
鉄道の発達はまた日本の物流地図を塗り替えることにもなった。銚子と東京は今ではとても遠い印象を受けるのだが、かつて両者は舟運によって深く結ばれていたのである。
2020年4月25日、朝日新聞社、1700円。