2021年01月02日

小林真代歌集『Turf』(その1)

2009年から2019年までの作品を収めた第1歌集。

作者は福島県いわき市在住。震災や原発事故の影響や内装工事の現場の歌を中心に、印象に残る歌がとても多い。まずは前半から。

本物のサーカスを見た記憶なくシャガール展へ馬を見にゆく
運転免許証優良講習に集ひけるけふの人みな冬生まれ
震度6に怯えて逃げし石田さんの犬いまどこをにげてゐるのか
トンネルを数へつつゆく海岸線途中から海を数へてしまふ
弟によく似た嬰児抱きつつ弟こんなにかはいかつたか
つばくらめ村人よりも先に来て仮設住宅に巣をつくりをり
どんな検査だつたか問へば舌打ちしフツー。フツーの内部被ばく測定
除染なら三十年は仕事がある。食ひつぱぐれない。やらないか、除染。
ひとつづつテトラポッドを吊り上げて重機は雲ののろさで動く
女性用作業ズボンの臀部にある丸みと裏地が女性用なり

1首目、生まれ育った家庭環境。シャガール展へという流れが良い。
2首目、誕生日の前後一か月が更新期間。「みな冬生まれ」なのだ。
3首目、パニックになって逃げ出し犬。今も逃げ続けているのか。
4首目、トンネルの中の時間が長くて、時々海が見える感じなのだ。
5首目、甥のことだと読んだ。下句がやや失礼な内容ながら率直。
6首目、震災や原発事故などの背景を何も知らない燕の明るさ。
7首目、何にでも「フツー」と答える子。普通のことではないのに。
8首目、放射能汚染の除染作業が安定した仕事の口になる現実。
9首目、「雲ののろさ」が印象的。海岸や空の風景が見えてくる。
10首目、男性が多い現場で自分が女性であることを意識する瞬間。

2020年9月26日、青磁社、2500円。


posted by 松村正直 at 10:56| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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