2020年12月29日

「塔」2020年12月号(その3)

当分のあいだと書かれし居酒屋の休業そろそろ三月となりぬ
                     坂下俊郎

コロナ禍で休業している店。「当分のあいだ」という貼紙のまま、一か月が過ぎ二か月が過ぎ、このまま閉店してしまうかもしれない。

生きてきた長さは年齢とは違う夕日に染まる野葡萄の影
                     吉原 真

上句の言い回しにハッとさせられた。同じ一年でも人によって長さや密度が異なる。下句の光景が上句の心情とうまく合っていると思う。

昼前に地震きたりてああお昼休みの話題ができたと思う
                     田宮智美

職場の昼休みに同僚たちとたわいもない会話をするのが苦手なのだろう。でも、この日は地震のおかげで話題探しに苦労しなくて済む。

コンビニのビニール袋がよく似合うあなたのままでいてほしかった
                     山名聡美

レジ袋が有料化され、多くの人が買い物袋や鞄に商品を入れるようになった。でも、確かにレジ袋が似合う感じのする人っているなあ。

こもりゐにひびくかなかな心配と心配りは同じ字だった
                     俵山友里

ステイホームで家にいて気付いたこと。「心配」はマイナス、「心配り」はプラスのイメージがあるけれど、漢字で書くと同じになる。

この街の公衆電話はすべて消えあなたの声は雪として降る
                     朝野陽々

携帯電話の普及に伴って年々公衆電話の数が減っている。下句が美しい。公衆電話で恋人と話をした記憶が、今も残っているのだろう。

手回しの音に世界が沈黙すコーヒーミルの聖なる時間
                     小林文生

ガリガリとコーヒー豆の挽かれる音だけがして、あたりはしんと静まり返っている。回転するコーヒーミルが世界の中心になったみたい。

posted by 松村正直 at 10:55| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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