2020年12月27日

「塔」2020年12月号(その1)

水野源三この世にまさばいかばかり喜びにけむオンライン礼拝
                     安藤純代

水野は瞬きを唯一のコミュニケーションの方法とした詩人。クリスチャンであったが生涯寝たきりで教会に行くことは叶わなかったのだ。

下山時に傷めた黒き足の爪初めて治る山へ行けずに
                     江種泰榮

「初めて治る」がおもしろい。普段は治りかけてもすぐにまた傷めてしまうのだ。コロナ禍でしばらく登山ができない状況なのだろう。

つぎの世は五人ばかりの子を産みてわさわさ生きむ歌はつくらず
                     落合けい子

結句「歌はつくらず」に短歌に対する様々な思いがこもる。現実の今の人生とはまったく別の生き方を、ふと想像してみたりするのだ。

少し眠ってしまったらしい床の本拾ってもとのページを探す
                     芦田美香

床に落ちた物音でハッと目を覚ましたのだろう。ウトウトして手から滑り落ちてしまった本。慌てて続きのページを探そうと指先が動く。

国民服の深きポッケより手品のごと父が取り出しき森永キャラメルを
                     東郷悦子

戦中か戦後間もなくの光景。食料の乏しい状況下でポケットから出されたキャラメルは、まるで宝石のように輝いて見えたに違いない。

赤き★に終はる迷路の出口まで迷ふことなし子の筆圧は
                     西之原一貴

子ども向けの迷路で遊んでいるところ。スタートからゴールまで力強く鉛筆を進めていく。「赤き★」がよく、カラーの紙が目に浮かぶ。

道の辺の茶房「風夢風夢(ふむふむ)」そのうちに扉開けんと今日も見て過ぐ
                     相馬好子

店名の面白さに心惹かれるものがある。でも、いつも「そのうちに」と思うばかりで、結局店に入ることはないまま終ってしまいそうだ。

posted by 松村正直 at 20:52| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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