副題は「ヴァナキュラーってなんだ?」
ヴァナキュラー(俗、vernacular)をキーワードに、民俗学の考え方や具体的な研究内容を記した入門書。「家庭の中のヴァナキュラー」「喫茶店モーニング習慣の謎」「パワーストーンとパワースポット」など、現代的な民俗学の興味深い事例が紹介されている。
日本では、民俗学というと、農山漁村に古くから伝わる民間伝承(妖怪、昔話、伝説、祭りなど)を研究する学問だと思われている場合も少なくないようだが、現在の民俗学はそのようなものではない。
民俗学は、覇権主義を相対化し、批判する姿勢を強く持った学問である。強い立場にあるものや、自らが「主流」「中心」の立場にあると信じ、自分たちの論理を普遍的だとして押しつけてくるものに対し、それとは異なる位相から、それらを相対化したり、超克したりする知見を生み出そうとするところに、民俗学の最大の特徴があるのだ。
なるほどなあと思う。自分が民俗学に何となく興味を惹かれる理由が、これらの文章を読んでよくわかった。
折口は、民俗学調査の道すがらよく歌をつくったが、そこでは、しばしば「かそけさ」が歌われた。
山びとの 言ひ行くことのかそけさよ。きその夜、鹿の 峰をわたりし
山のうへに、かそけく人は住みにけり。道くだり来る心はなごめり
といった歌がそれだ。
つまり、こうした「かそけさ」も、「主流」や「中心」ではないものということなのだ。以前から考えていた短歌と民俗学の親和性を読み解く重要なポイントと言ってよいだろう。
共同井戸や共同水道が使われなくなった時期と、モーニングがさかんになりはじめた時期とがほぼ重なっているという話は、各地でしばしば耳にするところである。
そうか。モーニングは単に朝食代りの安いサービスというだけでなく、人々の井戸端会議的な場としての役割を果たしているのだ。
民俗学、おもしろいな。
2020年11月13日、平凡社新書、880円。