引きながら断つ刃物なり若鶏のうすくれなゐの胸のふくらみ
梶原さい子
鶏肉を調理している場面だが、「うすくれなゐ」「ふくらみ」という言葉があることで、まるで生きているような生々しさが生まれる。
石仏に生まれ変わりて一日をお供え物で暮らすのも良し
紺屋四郎
発想が何とも言えずおもしろい。大量にお供えがあるわけではないが、全く放置されているわけでもない。その加減がちょうどいい。
マスクをつけたままご参列いただけます 遺影のみマスクなしで笑顔で
小林真代
葬儀の場面でも今やマスクが欠かせないのだろう。マスクする参列者の中にあって、マスクしてない故人の遺影に着目したのが印象的だ。
右だけを陽にさらしつつ永遠にうなずく春の御地蔵様は
吉岡昌俊
彫られた時の顔のまま、据えられた時の向きのまま、地蔵は立っている。東向きに立っているので顔の右半分だけが陽を受けているのだ。
物解りよき娘として応対す実家の電話に出る夏の居間
芦田美香
帰省した実家で電話に出た場面。「母がいつもお世話になって…」といったやり取りか。ふだんは決して「物解りのよき娘」ではない。
どこからか連れてこられたと母は言ふ鍾乳洞のやうな眼をして
一宮奈生
認知機能が衰えた母と話をしているところ。「鍾乳洞のやうな」という比喩が胸にささる。母が少しずつ離れていってしまうような不安。