2020年11月22日

日野原健司編『北斎 富嶽三十六景』


葛飾北斎の浮世絵版画シリーズ「富嶽三十六景」全46点をカラーで見開きに収め、それぞれ2ページの説明を付している。巻末には23ページにわたる解説があり、北斎の人となりや富嶽三十六景の成り立ちや特徴などがよくわかる。

編者が繰り返し書いているのは、北斎の絵が見たままの風景ではないということだ。

北斎の念頭にあったのは、実際の景色を描写することではなく、波と富士山を対比させる構図の面白さだったのであろう。(神奈川沖浪裏)
巨大な松と富士山との対比の面白さを演出するため、実際に目に見える風景よりも画面構成を優先しているのである。(青山円座松)
実際の風景をそのまま描くよりも、もっともらしい風景を自由に組み合わせてしまう北斎の自由な作画姿勢が認められるだろう。(甲州三嶌越)

それと、もう一つ。定番の描き方をしないということ。

定番の表現を好まない、天邪鬼な北斎の性格がよく表されていると言えよう。(下目黒)
日本橋と言えば、人々の雑踏を描くのが常識という中、あえてその定番を逸脱しようとしているのである。(江戸日本橋)
ありきたりな描写を好まない、北斎の作画姿勢がここでも反映されていると言えよう。(従千住花街眺望ノ不二)

こうした話は絵画に限らず、どんな表現にとって大切な点だと思う。

あと、面白かったのは、字の間違いがけっこうあること。これは今回初めて知った。

鰍沢を石斑沢と書こうとしたところ、誤って石班沢としてしまったのであろう。(甲州石班沢)
題名は「相州梅沢左」とあるが、「左」がどのような意味をもつかは判然としない。文字の形から考えて、「梅沢庄」あるいは「梅沢在」を誤って彫ってしまったと考えられている。(相州梅沢左)
題名が「雪ノ且」とあるが、「且」では意味が分からない。おそらく「雪ノ旦」とすべきところを誤ったのであろう。(礫川雪ノ且)

へえ、そんなことがあるんだ。
何とものどかな話だな。

2019年1月16日、岩波文庫、1000円。


posted by 松村正直 at 11:38| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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