本堂を出づればたちまち驟雨きて水掛不動は濡れすぎて立つ
三好くに子
結句の「濡れすぎて」が面白い。水掛不動なのでもともと参拝者が柄杓で水を掛けるのものなのだが、驟雨にずぶ濡れになってしまった。
本当に元気なときはもう少し静かな声で話す父親
宮脇 泉
電話で声だけ聴いているのだろう。元気だよと言うのだけれど、無理に元気そうに振舞っている感じが声のトーンから伝わってくるのだ。
さざなみがあらぶりたてばあらがはずあめんぼはただ淵にただよふ
大江裕子
「淵」だけが漢字で残りはすべて平仮名にした表記がいい。ア段の音を多用した響きがよく、「あら」「ただ」の繰り返しも効いている。
嚥下にも障害あれば声はりて夫は読みおりベッドシーンも
海野久美
嚥下障害の改善のため日々発声の練習をしているのだろう。聞いていてちょっと恥ずかしくなるようなシーンも声に出して読むのである。
うなずいて答をはぐらかすたびに自分の声がまた遠ざかる
吉田 典
相手の質問を適当にはぐらかしていると、自分の本当の気持ちがわからなくなる。時には真っ直ぐに答える勇気も持たなければとの思い。
坐礁せしザトウクヂラの亡骸を海へと沈むガス抜きのあと
永山凌平
海岸に流れ着いた大きな鯨の死体を処分する場面。体内にガスが溜まって膨張し爆発する危険性があるので、ガス抜きをする必要がある。
明るくて元気な人を募集するマクドナルドの紙の憂うつ
青海ふゆ
マクドナルドのアルバイト募集の広告。店内も明るくて賑やか。世の中には明るくも元気でもない人が大勢いて、作者もそうなのだろう。
×(ばってん)が/(スラッシュ)となりサンダルはわたしをほっぽりだしながら死ぬ
星亜衣子
クロスベルトのサンダルの片方が外れてしまった様子を記号を使って巧みに表現した。下句に歩きにくくて途方に暮れた感じが出ている。