「明日また」と庭師帰りぬスコップと手押し車を地面に伏せて
野 岬
結句「地面に伏せて」がいい。そうすることが一日の仕事を終えた時の作法になっているのだろう。真面目そうな庭師の姿も思い浮かぶ。
やうやくに「既読」の着きて眼を閉ぢる明け方近く雨になるとふ
澄田広枝
LINEのメッセージを相手が読んだマークが付かず、夜遅くまでやきもきしていたのだ。下句の天気予報の内容が作者の心情と重なる。
ゆつくりとカーブしてゆく車窓なりしづかに海をせり上げながら
越智ひとみ
「せり上がる」ではなく「せり上げながら」と他動詞で表現したのが印象的。海岸線に沿って走る電車の様子が鮮やかに浮かび上がる。
「押忍」の読み方わからねど飛ばし見てゐる孫の漫画を
小畑志津子
「オス」「オッス」が読めなくてもさほど内容の理解に問題はない。孫が好きな少年漫画をちょっと読んでみようという好奇心が素敵だ。
快晴がなくなるという 昭和より見上げ続けた空の喪失
佐伯青香
天気の観測が目視から機械に切り替わったことを受け、「快晴」という表記は使われなくなった。なじみのある表記がなくなった寂しさ。
爪を切る たとえば木々に降りしきる驟雨のような日々 爪を切る
真栄城玄太
「爪を切る」の繰り返しに、孤独感とでもいうべき心情が滲み出る。爪を切る時の音と木々に当たる驟雨の音が遠く響き合うような一首。
住所氏名電話番号、体温も手渡さなければ入れぬと言う
成瀬真澄
新型コロナ対策のため店や会場の入口で検温が行われている。体温というのは、よく考えれば非常にプライベートな情報であるのだけど。
アネモネの苗を選んでいる君をシマトネリコの下に待ちおり
ぱいんぐりん
園芸店で買物をする間、君は少し離れた場所で待っているのだろう。「アネモネ」「シマトネリコ」という名前が楽しい気分を伝える。