2020年11月04日

「塔」2020年10月号(その1)

牛肉になりたる牛の眼しらぬまま牛肉食ふは筋肉のため
                    岩野伸子

生きていた時の牛の姿を見ることなく、牛の肉を食べている。「筋肉のため」が印象的。タンパク質が生きるために必要な筋肉になる。

お互いに世代の違いを認め合う九十歳と九十一歳
                    紺屋四郎

高齢の方は何となくみんな同じ世代のように捉えてしまうけれども、そうではない。90歳と91歳でも微妙な世代の差が存在するのだ。

二年間の賞味期間をすぎてから存在感あり桃の缶詰
                    久岡貴子

賞味期限が切れるまでは特に意識しなかった缶詰が、急に意識にのぼってくる。いつ食べようか、早く食べなくてはと毎日気になる。

遅れきて会議の席につく一人「反対」とわかる椅子の引き方す
                    村上和子

椅子の引き方ひとつで、反対の考えを持っていることが場に伝わる。反対には意志が要るからだ。やや荒っぽい引き方だったのだろう。

生きづらいという謎のマウントを取り合っているように梅雨、
紫陽花は咲く              長谷川琳

生きづらさは最近の短歌でもキーワードの一つ。私の方がより「生きづらい」というアピール合戦になってしまう危うさを感じるのか。

私だけがこんなにつらいとたまにおもうちがうのに 遠くの
ジュンク堂               川上まなみ

上句で述べたことについて、四句目で「ちがうのに」とすかさず自分でツッコミを入れている。句割れ・句跨りのリズムも効果的だ。

ボタンではひらけぬ相模線となり駅に停まればすなわちひらく
                    相原かろ

手動ボタンで扉を開閉する方式でなく自動開閉になった。それを「ボタンではひらけぬ」と嬉しくなさそうに詠んだところに個性がある。

ひざの上に鉄橋のかげ走らせて淀川わたる新快速は
                    石原安藝子

鉄橋を通過する時の感じがよく出ている歌。窓の外を見ていなくても、鉄橋の影が次々と車内を過ぎるので鉄橋を渡っているとわかる。

posted by 松村正直 at 08:01| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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