美術家である作者の自伝的(?)小説。
久しぶりにすごいのを読んじゃったなあという感じ。
浪人時代に訪れた美術大学の学園祭、通称「芸祭(げいさい)」の一夜の出来事を描いている。そこに回想として、美術予備校の授業や美大受験をめぐる悩み、友人・恋人との関わりなどが挟み込まれていく。
ところどころ、書き手である作者自身の言葉も挿入される。
ここからしばらく『ねこや』の大きなテーブルで人々がお喋りする記述が続くのだが、ここであらかじめ断っておきたいことがある。僕は話をちょっと作ってしまうだろう――ということだ。
しかし詳述は勘弁願いたい。ただ、今でも言葉で再現することが耐えがたい恥辱であるような、恐るべき不手際の連続だったことだけを書くに留めておきたい。
舞台が1985年と、私が大学時代を過ごした時代と近いこともあって、懐かしさや共感を覚えつつ読んだ。
全体としては帯文にもある通りの「青春群像劇」なのだが、随所に本物の絵とは何か、絵心とは何か、芸術の本質とは何か、といった問題が出てくる。それは美術家として活躍する作者の原点ともいうべきものなのだろう。
2020年8月10日、文藝春秋、1800円。