長年、日本各地を旅して人々の生活や民俗を取材してきた著者が、珍しい食べ物について記した本。
取り上げられているのは、野兎、鴉、トウゴロウ(カミキリムシの幼虫)、岩茸、野鴨、鮎、鰍、山椒魚、スギゴケ、スガレ(クロスズメバチ)、ザザ虫(カワゲラやトビケラの幼虫)、イナゴ、槌鯨、クマ、海蛇(エラブウミヘビ)、海馬(トド)。
と言っても、単なるゲテモノ食いの話ではなく、食文化に関する考察に裏打ちされたルポルタージュである。
かつて過酷な山間僻地に住んだ人たちも、山の植物を食い、獣を食い、爬虫類を食い、昆虫を食った。それは単に、食糧が乏しかっただけではなく、山の生物の中に神秘的な精力が宿っていることを、経験的に知っていたからだ。
命あるものを慈しむ心と、その命を奪って食べようとする二律背反する心理が同居している。小さな無辜の命に対する憐れみと、殺傷に高揚する野蛮な狩猟本能がない混ぜになっている。それが人間である。
漁は、魚と人間の間に介在する道具が少ないほど面白い。手摑みが釣りになり、筌や簗、投網や刺し網などの道具になっていくと、徐々に魚と人間の距離が遠くなっていく。直にやりとりする醍醐味が薄れてくる。
昔の人は、心臓が悪いと獣の心臓を食べ、肝臓の持病があると肝臓を食べた。眼病には獣や昆虫の目玉を飲み、足が悪いと跳躍力の強い動物の部位を食べて、その力を体内に取り込もうとした。
人間と他の動物との関わりや、食べることの本質といったものが、よく伝わってきて味わい深い。
2020年5月20日、山と渓谷社、1500円。