2018年に歌壇賞を受賞した作者の第1歌集。
「文学としての短歌」を存分に味わうことのできる一冊。西洋文学のモチーフを随所に取り入れながら、高い修辞力と文語定型の力によって、一首一首完成度の高い歌を生み出している。
はつなつの森をゆくときたれもみなみどりの彩色玻璃窗(ステンド・グラス)の片(ピース)
みづからの竜頭(りゆうづ)みつからず 透きとほる爪にてつねりつづくる手頸
幾重もの瞼を順にひらきゆき薔薇が一個の眼となることを
うつくしいパルフェをくづし混沌の海よりひとが取りだすミント
氷嚢のとけてしまへる昼の家影たちはかはるがはる訪ふ
傘の骨は雪に触れたることなくて人身事故を言ふアナウンス
ねむる――とはねむりに随きてゆく水尾(みを)となること 今し水門を越ゆ
摘まるるものと花はもとよりあきらめて中空にたましひを置きしか
愛は火のやうに降りつつ 〈Amen.(まことに)〉を言へないままに終はる礼拝
スーツケースにをさまるほどのからだしかなくて曳きをりスーツケースを
1首目、木洩れ日を浴びて誰もが緑の光のまだら模様になっている。
2首目、「みづから」と「みつから」など音の響き合いが印象的。
3首目、八重咲きの薔薇の花びらが少しずつ開いて眼が完成する。
4首目、パフェのミントを取り除く場面。パルフェは仏語で完璧。
5首目、熱を出して寝ていた子どもの頃の回想か。「氷嚢」がいい。
6首目、上句の「骨」が下句の死のイメージへとつながっていく。
7首目、眠りに落ちてゆく時の感覚を船の航跡に喩えていて美しい。
8首目、いや、そうではない、という反語だろう。魂は奪われない。
9首目、礼拝に参加しながらも神を信じ身を委ねることができない。
10首目、大きなスーツケースを曳きつつ、身体の不自由さを思う。
幻想文学的な味わいもありつつ、現代の社会や制度に対して強く抗う力も持っている。栞(水原紫苑、石川美南、佐藤弓生)の文章もそれぞれに良い。
2020年9月24日、書肆侃侃房、2000円。