2020年10月21日

近藤芳美『無名者の歌』


1974年に新塔社から刊行された単行本の文庫化。

1955(昭和30)年から1973(昭和48)年までに「朝日歌壇」の近藤芳美選に入選した作品から数百首を引いて、戦後の歴史を振り返った一冊。

「療養所の歌」「炭鉱の歌」「農の歌」「愛情の歌」「教師の歌」「学園紛争の日々の歌」「戦争の死者らの追憶の歌」といったテーマに分けて、鑑賞・説明文が記されている。

雨の陣地に田植を語り五分後に爆死せり君は泥に埋もれて
                   吉田文二
むらさきに新芽吹きたる槻の木に揺籠を吊り夫と炭出す
                   池田朝美
ひろげたる行商の魚遠山の雪を映していたく青めり
                   武山英子
綴じ合いて白根の光るをほぐしつつ蒔く種籾の風に片寄る
                   小室英子

こうした歌の持つ力は、今も少しも色褪せていないと思う。

てるみちゃんくにしげ君も流されて根場保育所に香あぐる湖端
                   中村今代
昭和四十一年の秋、一夜の激しい台風の雨に、富士五湖の一つである西湖の岸辺の村が山津波の土砂に埋れ、村人の命を失ったことがある。根場という村落の名である。

「根場」という集落の名を読んで、あっと思う。
以前、この地を訪れて砂防資料館を見学したことがある。
https://matsutanka.seesaa.net/article/452571279.html

資料館では土砂に埋れた集落の無惨な写真や映像を見たのだが、てるみちゃんも、くにしげ君も、その犠牲者であったのだ。

1993年5月17日、岩波同時代ライブラリー、1050円。

posted by 松村正直 at 17:17| Comment(0) | 近藤芳美 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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