2020年10月09日

「塔」2020年9月号(その3)

わが店は着物が売れず反物を潰して絹のマスクを作る
                    坂下俊郎

新型コロナウイルスの影響で呉服店も大変な状況なのだ。苦肉の策として絹製のマスクを作り、少しでも売上を伸ばそうと努力している。

昼過ぎの喉が求める缶コーヒー〈微糖〉はどこか官能的だ
                    鳥本純平

甘い缶コーヒーでも無糖でもなく「微糖」。この言葉の響きや、かすかな甘さが舌に伝わってくる感覚が結句の表現へとつながっている。

地図上に航路は細くゑがかれてアリカンテよりオランへ下る
                    岩下夏樹

スペインの港町アリアカンテから、地中海を渡ってアルジェリアのオランへと向かう。オランはカミュ『ペスト』の舞台になった町だ。

「置き配」を写すメールが送られる玄関口に撮る人の影も
                    八木由美子

宅配便を玄関先に置いた証明として、配達人からメールで写真が届く。接触が避けられる中で、影だけがわずかに人の存在感を伝える。

清流をすくひしやうなレタスの香食めばかすかに苦みありたり
                    竹内真実子

初二句の比喩が、新鮮なレタスのしゃきしゃきした歯触りを伝える。その中に野菜本来のわずかな「苦み」を感じ取っているのがいい。

我もまた誰かの「苦手の人」なるかひんやり昏いロッカー閉めつ
                    布施木鮎子

たいていの人は職場や親戚などの人間関係の中で「苦手の人」を持っている。この歌は、自分も誰かにとって、と考えたところが秀逸。

だとしても生きてゆくより他になく右手についた蚊をぬぐいおり
                    青海ふゆ

初句「だとしても」から始まるのが面白い。蚊を叩き潰したあとで、ふいに迷いを振り払うような決意が湧き上がってきたのだろう。

たくさんの西瓜をなかに蓄えたビニールハウス車窓に見える
                    竹内 亮

「蓄えた」という捉え方がいい。まるで備蓄用の倉庫のようにごろごろと西瓜が実っている。窓とビニールを通して見えた一瞬の光景。

posted by 松村正直 at 07:48| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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