2020年09月12日

水原紫苑歌集『如何なる花束にも無き花を』

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2017年9月から2020年5月までの作品472首を収めた第12歌集。

キリストもブッダも犬にあらざれば信に足りずとおもふ秋かな
梅咲けば未來おもほゆさくら咲けば過去(すぎゆき)おもほゆいづれにも無きわれ
鳥歩む春を生きつつ日本語を超え得ざること怒りのごとし
睡蓮はけふも開けり五月より九月に至る夢あるいは死
卵黄に春の曇天あふれつつ死に死に死にてあかるきものを
背景の左が白きままなりしセザンヌ夫人愛を知るべし
いつの日も蜜柑は城の姿にて若き城主を守るつゆけさ
トルストイとドストエフスキー咲くごとき二本(ふたもと)の椿に鴉飛び交ふ
風の骨あらはに見ゆるきさらぎを過ぎゆけるひとみな扇(あふぎ)かも
韓國を敵と言ひなす人々の怯えぞふかき底紅(そこべに)の木槿

1首目、一番信じられるのは神でも仏でもなく犬だったのだろう。
2首目、未来や過去の長い時間に比べれば、生きている時間は短い。
3首目、日本語を使うことは日本語の制約を受けることでもある。
4首目、数日間咲いたり閉じたりを繰り返す睡蓮の花の幻想的な美。
5首目、上句がいい。割った卵から現われ出る卵黄の色の明るさ。
6首目、塗り残されたままの背景に、かえって深い愛を感じる。
7首目、発想が面白い。蜜柑の城の中に守られている若き城主。
8首目、19世紀のロシアを代表する二人の文豪に喩えられた椿。
9首目、冷たい風に吹かれて人間の骨格もあらわに見える感じ。
10首目、木槿は韓国の国花。ヘイトの裏にある「怯え」を見抜く。

2020年8月15日、本阿弥書店、2700円。

posted by 松村正直 at 07:46| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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