
2012年から2020年までの作品を収めた第3歌集。
十月の夜を焚かれし木片は火を失ひてのちを冷えをり
生けるもの皆みづからを負ひながら歩まむとするこの砂のうへ
あなたたちはさ、貧しかつたんだよといふ声よ親しき人がふいに侮る
うすくまろく削りたる地にみづからを嵌めて眠れる白毛の犬
示威ならば威を示しゆけ手のうちに握りし意志を合歓の朱色を
わら灰の煮えゐるなかにぜんまいは青きにほひを放ち解れぬ
母さんと呼ばれてやまぬ女の死よみづからの名はどこかに置きて
福島より逃れゆきける女人にていまひとたびの命生まむとす
春あはき昼の電車に陽は入りて楢葉標葉へ発つ人照らす
置かれゐる黒き嚢はわたくしのそして誰かの庭だつた土
1首目、焚火の跡の様子。「火を失ひて」という捉え方がいい。
2首目、砂浜を歩く生き物の姿。自分の身体を自分で運んでいく。
3首目、福島の浜通りに原発が建てられた経緯についての話だろう。
4首目、「みづからを嵌めて」がいい。居心地が良さそうだ。
5首目、現代的で楽しそうなデモ(示威行進)に対する違和感。
6首目、ぜんまいの灰汁抜きの場面。色と匂いが何とも鮮やかだ。
7首目、夫の母の死を通して見えてくる女性のあり方に対する思い。
8首目、原発事故後に福島を離れた人との間に生じた心理的な溝。
9首目、「楢葉標葉」は双葉郡の元の名。常磐線再開の喜びが滲む。
10首目、除染された大量の土が、嚢に入れられて積まれている。
2020年8月1日、砂子屋書房、3000円。