2020年08月19日

「塔」2020年8月号(その3)

目と鼻の先にひとりで住んでいるおとうとされど会う用事なし
                   廣野翔一

ふるさとを離れた地で、偶然近くに住んでいる兄弟。でも、お互いに大人なので、兄弟と言っても別に頻繁に行き来するわけでもない。

俊太郎が今日出ていったと電話せりかつてわが子に去られし
母に                 柿野俊一郎

息子が家を出て行ったことを母に告げる作者。そんな作者もかつて母の家から出て行った。「俊一郎」「俊太郎」の名前にも味がある。

ずじゅうかん頭重感あり低気圧ていきあつなりもうすぐ雨が
                   森祐子

低気圧が近づいていて頭が重く感じるのだろう。同じ言葉をひらがなと漢字で繰り返しているところに、その体感がよく滲み出ている。

発言者だけがマイクをオンにして助け船なき会議は続く
                   竹田伊波礼

最近多くなったオンライン会議。発言者以外はみなマイクをオフにしていて、誰も言葉を挟まない。発言する人の孤独な様子が際立つ。

一夜だけ泊まった君の部屋壁に君以外知らん集合写真
                   イキヨルニ

君の友人や同級生が大勢写っている写真。自分の知らない過去の時間や人間関係が君にあることを、あらためて突き付けられてしまう。


posted by 松村正直 at 08:43| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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