
塔短歌会所属の作者の第1歌集。
2004年から2019年までの作品402首を収めている。
縁があって、歌集の栞をかかせていただいた。
この部屋はわたしの部屋か戸を開けてなみだも出ない三月十二日
〈※被災求職者対象求人〉多かれど被災者枠に入れぬわたし
震災が起きなかったら、震災が起きなかったら、呪文のように
こけしこけしこけしが欲しい胴をにぎり頭をなでて可愛がりたい
いもうとの同棲、結婚、妊娠もみな母親の口より聞けり
晴れた日は晴子、雪降りなら雪子 生まぬ子の名を考えており
一人なり。テレビの中の被災者はみんな誰かと支え合ってて
順繰りに人が嫌われゆく職場 あ、そのお弁当おいしそうだね
チャングンソクの話ばかりする人といてチャングンソクの話ばかり聞く
読みかけで席を立つ時はさみたりスティックシュガーの赤い袋を
1首目、東日本大震災翌日。避難所で一夜を過ごして戻った自室。
2首目、役所の決める「被災者」の定義に含まれないもどかしさ。
3首目、震災さえなければ順調な人生が続いていたのにという思い。
4首目、一人暮らしの寂しさや人恋しさがむき出しになっている。
5首目、別の人生を歩み始めた妹との間に次第に距離が生まれる。
6首目、「晴子」「雪子」という名前の現実感のなさが印象に残る。
7首目、テレビ番組の求める〈被災者像〉というものがあるのだ。
8首目、いつ自分が仲間外れになるかわからない怖れと息苦しさ。
9首目、全く興味がない韓流ドラマの話に延々と相槌を打ち続ける。
10首目、カフェでトイレに立つ時の仕種がうまく詠まれている。
2020年7月15日、現代短歌社、2000円。