2020年08月02日

「塔」2020年7月号(その1)

能面をつけたる途端足取りの確かになれる老いびとのゐて
                      梶原さい子

神社で演じられる薪能。ふだんは足取りの覚束ない老人が、舞台では颯爽としている。能面を付けてまるで別人格になったかのように。

「本当に今年でなくてよかった」と子等と語りぬ遺影を前に
                      沢田麻佐子

昨年亡くなった人の一周忌。今年だったら新型コロナのために、最期の看取りもできなかったかもしれない。影響はこんなところにまで。

アルコールで拭きアルコールを吹きつけてアルコール漬けの
日々となりたり               一宮奈生

「アルコール漬け」は普通は酒びたりの状態を言う言葉。ここでは頻繁に消毒や手洗いをする日常を、やや自虐的に言ったのがユニーク。

墓地を見ることのなき街ぶらつきて日暮に葱の匂いかぎたり
                      高橋武司

上句と下句の取り合わせに味わいがある。都市の街中では墓地を見かけることが少ない。死が隠された日常にふいに漂ってくる葱の匂い。

ひとつ席をあけ定食をたべる昼窓にながめる遠くの富士を
                      徳重龍弥

新型コロナのために窓際のカウンター席が一つおきに座るようになっているのだ。そんな状況ではあるけれど、富士山は変らずに美しい。

責任を取れるのかという声があり読話教室の中止迫り来
                      橋本英憲

「読話」は口の形から話を読み取る方法。自粛を求める人々の圧力によって、聴覚障害者の大切な講座が開催できなくなってしまう辛さ。


posted by 松村正直 at 11:03| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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