能面をつけたる途端足取りの確かになれる老いびとのゐて
梶原さい子
神社で演じられる薪能。ふだんは足取りの覚束ない老人が、舞台では颯爽としている。能面を付けてまるで別人格になったかのように。
「本当に今年でなくてよかった」と子等と語りぬ遺影を前に
沢田麻佐子
昨年亡くなった人の一周忌。今年だったら新型コロナのために、最期の看取りもできなかったかもしれない。影響はこんなところにまで。
アルコールで拭きアルコールを吹きつけてアルコール漬けの
日々となりたり 一宮奈生
「アルコール漬け」は普通は酒びたりの状態を言う言葉。ここでは頻繁に消毒や手洗いをする日常を、やや自虐的に言ったのがユニーク。
墓地を見ることのなき街ぶらつきて日暮に葱の匂いかぎたり
高橋武司
上句と下句の取り合わせに味わいがある。都市の街中では墓地を見かけることが少ない。死が隠された日常にふいに漂ってくる葱の匂い。
ひとつ席をあけ定食をたべる昼窓にながめる遠くの富士を
徳重龍弥
新型コロナのために窓際のカウンター席が一つおきに座るようになっているのだ。そんな状況ではあるけれど、富士山は変らずに美しい。
責任を取れるのかという声があり読話教室の中止迫り来
橋本英憲
「読話」は口の形から話を読み取る方法。自粛を求める人々の圧力によって、聴覚障害者の大切な講座が開催できなくなってしまう辛さ。