2020年07月26日

江戸雪歌集『空白』

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2015年から2019年までの作品332首を収めた第7歌集。

焼夷弾のようだと花火をいう父に窓がしずかに寄りそっている
初冬(はつふゆ)に廃線跡を行き行けば前のめりのままケーブルカーあり
山火事のようだ怒りは背中からひたりひたりと夜空をのぼる
毒キノコ踏みつぶす靴あのシーン、隠喩だろうなわたしも踏んだ
自分だけがにんげんだという顔するな桐の筒花が土につぶれて
騒ぐなと言われてそれで馬のごと鬣たらし眠れるものか
どんな夜もまぶたは自分で閉じるのだわずかの本当を水にうつして
叢にやんわり踏んだ蟷螂をしばらく思いしばらく歩く
この世には釦の数だけ穴がありなのにあしたの指がこわばる
花は咲くどのように咲けば花でなくなれるのだ緋の嘘にまみれて

1首目、打ち上げ花火を見て空襲の記憶を思い出す父。
2首目、ケーブルカーの車両が傾斜に合わせて前傾している。
3首目、「背中から」に実感がある。不動明王みたいだ。
4首目、映画「ミツバチのささやき」だろうか。結句がいい。
5首目、三句「顔するな」の激しい言い方が印象的。
6首目、この歌も「眠れるものか」に強い憤りが含まれている。
7首目、眠りにつく時のまぶたの裏の感覚はこういう感じかも。
8首目、生き物を踏み潰した感覚が足裏にしばらく残っている。
9首目、一対一対応になっているから緊張しなくていいのだけれど。
10首目、初句切れや三句以下の句割れ句跨りの韻律に力を感じる。

2020年5月24日、砂子屋書房、2500円。


posted by 松村正直 at 13:13| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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