
2014年から2018年までの作品456首を収めた第4歌集。
101歳の祖母の死、東日本大震災や津波の記憶、祖父の抑留されたシベリアを訪れる旅など、印象的な場面が数多く詠まれている。
黒き毛にみづ弾きつつあざらしの幾度もたどる同じ軌道を
とことはに学生のわれ「学校さ行つてきたが」と祖母に問はれて
一枚の布に鋏を入れながら作られてゆくからだありけり
揺らぎあふてつぱうゆりの純白の岬に長く暮れ残りたる
どのやうななにかであるかわからざるかたちをもとめ砂を掘りゆく
誰も知らずけれど誰もを知るやうな思ひに立てり墓地のくさはら
戦争がいつ終はるかを知りながら読み進みゆく戦中日記
薄闇に米研いでをりしやりしやりと後半生の粗きかがやき
みづうみをめくりつつゆく漕ぐたびに水のなかより水あらはれて
波がここまで来たんですかといふ問ひが百万遍あり百万遍答ふ
1首目、水族館で泳ぐアザラシの姿。弾丸のような「軌道」がいい。
2首目、年老いた祖母の記憶の中で、作者は永遠の学生なのだ。
3首目、一枚の布から人間の身体を包む着物が仕立てられる。
4首目、あたりが暗くなった後も、花の白さだけが浮かび上がる。
5首目、津波による行方不明者の一斉捜索。四句までが生々しい。
6首目、ハバロフスクの日本人墓地。祖父であったかもしれぬ人々。
7首目、日記を書いた人は8月15日で戦争が終わるとは知らない。
8首目、薄暗い台所で光る米粒を見て、自分の人生に思いが及ぶ。
9首目、湖でボートに乗っている場面。「めくりつつ」が新鮮だ。
10首目、津波の到達した高さに驚く人々。「百万遍」が重い。
2020年4月24日、砂子屋書房、3000円。