2020年06月23日

「塔」2020年6月号(その1)

わたしの手の届かぬところを掃除して娘は発ちゆけり夕映え
の空                   佐々木千代

ふだん掃除のできない高い所を娘が掃除してくれたのだ。そのさり気ない心遣いを嬉しく思う気持ちが、結句に滲んでいるように思う。

整形の窓辺の棚に並びいる『ブラック・ジャック』5と7が
ない                   山下裕美

手塚治虫のマンガの本の話なのだが、「整形」「窓辺」「5と7」といった言葉が数学の話のように響く。待合室に流れる静かな時間。

膝をだきかうしてゐると湯のなかに仮名文字のゆのやうなり
 私                   千村久仁子

膝を抱えて座る姿勢が「ゆ」の文字に似ているという発見。「湯」と「ゆ」の音の重なりにも味わいがある。自分ひとりの豊かな時間。

ここにきてやうやく合つてきたやうな身体、わたしの終の住
処よ                   濱松哲朗

年齢を重ねて自分の身体が自分にとってしっくり来るようになったのだろう。死ぬ日までずっと付き合っていかなくてはならない身体だ。

おほまかな筋は妻から聞いてゐる一話たりとも観てはゐないが
                     益田克行

妻の好きなテレビドラマがあり話をいつも聞かされているのだ。知らず知らずのうちに筋を覚えてしまう。少しも興味がないのだけれど。

手をうしろに組んで歩いている時はまだ何も決められてない
とき                   上澄 眠

人間の姿勢と頭の中の考えとは、どこかで関係があるのだろう。自分のこととも相手のこととも読めるが、姿勢を見ればその心がわかる。

この町で造られし豪華客船がテレビに映る毎日映る
                     寺田裕子

ダイヤモンド・プリンセス号は、作者の住む長崎の三菱重工の造船所で建造された船。いたたまれない思いでテレビを見つめているのだ。

posted by 松村正直 at 07:48| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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