2020年06月08日

加藤孝男『与謝野晶子をつくった男』

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副題は「明治和歌革新運動史」。2016年1月から2018年9月まで「歌壇」に「鉄幹・晶子とその時代」という題で連載した文章に加筆してまとめたもの。

『みだれ髪』の作者「鳳晶子」の名前をどう読むか、与謝野鉄幹はなぜ鉄幹という雅号を捨てて本名の寛を名乗るようになったのか、といった身近な話から始まり、朝鮮半島と鉄幹の関わりや鉄幹と晶子の関係など、『みだれ髪』刊行に至る流れが丁寧に描かれている。

特に、副題にもある通り「和歌革新運動」について詳しく記されている点が大きな特徴だろう。

和歌が新聞紙面に掲載されることによって、時事的な要素が次第に取り込まれていく。その題は、「藩閥」「政府改革」「権兵衛大臣」「新官人」「二博士」「米国博覧会」「内地雑居」などであった。
明治二十年代までに和歌革新に関する議論は出尽くしてしまっていて、子規はそれをジャーナリスティックに説いただけである。あとはそうした理論によって、いかに優れた作品をつくることができるのかが問題となっていたのである。
私がここで強調したいのは、和歌革新運動といえば、短歌のみを思い浮かべてしまうが、和歌の範疇には長歌もあり、その革新が、後の文学に与えた影響も考えなければならないということだ。その延長線上に、七五調の「君死にたまふこと勿れ」もあったのである。
清と戦争した日本人にとって、漢詩は、敵国の文学であった。中国から多大な文化的恩恵を被った日本人が、明治に入って急に漢詩に冷ややかなまなざしを向けたのはこのような理由からであった。

長年にわたって鉄幹研究を続けてきた著者ならではの発見も多く、非常に読み応えがある。

例えば、これまで〈飛ぶ鷲のつばさやぶれて高嶺より枝ながらちる山ざくら花〉と伝えられてきた鉄幹の歌(新聞「日本」明治26年4月17日掲載)について、新聞の復刻版に当たったうえで〈飛ぶ鷲のつばさや触れし高嶺より/枝ながらちる山ざくら花〉であると指摘している箇所など、何とも鮮やかだ。

資料に基づいた細かな読解から、和歌革新運動をめぐる大きな見取り図の提示まで、実に奥の深い一冊だと思う。そうした根気強い作業を通じて、これまで晶子に比べて評価の低かった鉄幹の業績を、きちんと近代文学史の中に位置づけることに成功している。おススメ!

2020年3月31日、本阿弥書店、3800円。

posted by 松村正直 at 23:03| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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