2013年から2018年までの作品を収めた第2歌集。
わたくしの忘れた何かを知っている十年前の携帯のあり
ニベアとは白を意味する言葉らし子の足首に融けなずむ白
思うままに乳房みなぎる日の遠く電車に泣く子を見ぬふりをして見る
テトリスの棒がゆるりと落ちてくる刹那を消ゆる四段はあり
相続のたびに大樹の減る町のついにわたしの好きな樹の番
いもうとはときおり父をパパと呼ぶそのたび遠くなりゆく父よ
母ししゃも身は限界まで細らせて臨月なるをほろほろと嚙む
弛緩して口呼吸するチューリップこういう花と思う おんなの
くるぶしの骨ほど背丈を伸ばしたる少女の時間をひと夏と呼ぶ
捨てた記憶はないが耳式体温計家から失せてみどりごもなし
1首目、十年前の自分がまだその中にいるような気もする。
2首目、ニベアを塗った跡の残る娘の足首を見つめる母の視線。
3首目、かつて自分にもそういう時期があったことを思い出す。
4首目、テトリスで最も爽快な場面の言葉による丁寧な描写。
5首目、大きな屋敷が取り壊されて見慣れた風景が変ってしまう。
6首目、姉妹といえども記憶している父の姿はずいぶんと違うのだ。
7首目、子持ちシシャモは体のほとんどが卵で満たされている。
8首目、花びらの開いたチューリップに自分の姿を見ているのか。
9首目、「くるぶしの骨ほど」がいい。そこに成長点があるみたい。
10首目、確かにいたはずの嬰児がいつか幻のように消えてしまう。
2020年4月29日、角川文化振興財団、2600円。